非テック企業のCTOが実際にやってること|福祉×ITで「異世界転生」した僕のリアル

「CTO」と聞いて、あなたはどんな姿を想像しますか。

最先端のオフィスでホワイトボードにアーキテクチャ図を描き、数十人のエンジニアチームを率いて、自社プロダクトのリリースに向けて突き進む——。そんなテック企業のCTOをイメージする人が大半だと思います。

でも僕がCTOをやっているのは、福祉事業を展開する会社です。就労支援がメインの事業。エンジニアは社内に僕しかいません。

僕はSES(客先常駐エンジニア)からキャリアをスタートして、人材開発マネージャーとして550名のエンジニアと面談し、コンサルベンチャーの情シスを経て、フリーランスを経験した後、今の会社でCTOをやっています。フルリモート正社員です。

この記事は「テック企業だけがエンジニアの活躍場所じゃない」と感じている人に向けて書きました。非テック企業のCTOが日々何をやっているのか、リアルな話をお伝えします。


CTOのイメージ vs 僕のリアル

テック企業のCTOと非テック企業のCTOでは、仕事の中身がまるで違います。

テック企業のCTOがやりがちなこと

  • 技術選定とアーキテクチャ設計
  • エンジニア採用と組織づくり
  • プロダクトのスケーラビリティ戦略
  • 投資家への技術説明

僕が実際にやっていること

  • 利用者メンバーの管理システムの選定・導入・運用
  • 紙だらけの業務をデジタルに置き換える泥臭い仕事
  • 「パソコンが動かないんですけど」への対応
  • AI導入で現場の負荷を減らす仕組みづくり
  • 全国の福祉事業立ち上げコンサルティング

華やかさはゼロです。でも、インパクトはとてつもなくデカいです。

テック企業でシステムを1%改善しても、すでに最適化が進んでいる環境では大きなインパクトにならないことがあります。一方で、紙とFAXで回していた福祉現場にシステムを1つ入れるだけで、月に数十時間の工数が浮きます。その浮いた時間が、利用者さんへの支援に回るのです。

これが非テック企業でITをやる醍醐味です。

福祉事業のITにはどんな課題があるのか

福祉業界のIT化率は、お世辞にも高いとは言えません。僕が入社して最初に目にした光景を共有しましょう。

1. 紙文化の根深さ

行政への報告書類、利用者さんの個別支援計画、日報、出勤簿——。すべてが紙でした。しかも行政とのやり取りでは捺印が必要な書類が山ほどあります。「デジタル化しましょう」と言っても、行政側がまだ紙を求めてくるので、完全には移行できません。

福祉業界では行政機関とのやり取りが非常に多く、多くの書類に捺印が必要なため、ペーパーレス化が進みにくい構造的な問題があります。

2. ITリテラシーの壁

福祉の現場スタッフは、利用者さんの支援のプロです。でもITに苦手意識を持っている人が多いのも事実です。新しいツールを導入しても「前のやり方の方が早い」と言われることは日常茶飯事でした。

これは現場のスタッフが悪いわけではありません。これまでITを教わる機会がなかっただけなのです。

3. 慢性的な人手不足

福祉業界は常に人手が足りていません。新しいシステムを覚える時間すら確保が難しいのが現実です。だから「導入して終わり」ではなく、現場に溶け込むレベルまで落とし込む必要があります。

厚生労働省は2026年までにICT活用で業務量の縮減を行う事業所を50%に増やす目標を掲げています。それくらい、福祉×ITの改善余地はまだまだ大きいのです。

具体的にやっていること

では僕が日々何をしているのか、もう少し具体的にお話しします。

システム選定と開発

福祉事業には「利用者管理」「請求業務」「日報管理」「シフト管理」といった業務があります。それぞれに専用のSaaSやパッケージソフトが存在しますが、福祉の業態に完全にフィットするものはなかなかありません。

僕の仕事は、まず既存のSaaSで対応できる範囲を見極め、足りない部分は自分で開発するという判断をすることです。全部自作するのは現実的ではありませんし、全部SaaSで揃えると連携がガタガタになります。

「作る」と「選ぶ」のバランス感覚が、非テック企業のCTOには一番求められるスキルだと感じています。

AI導入と業務効率化

最近力を入れているのがAI活用です。たとえば日報の要約、問い合わせ対応の自動化、データ分析の自動化など、現場の負荷を減らすための仕組みを少しずつ入れています。

ただし、福祉の領域でAIを使うときは倫理的な配慮が欠かせません。利用者さんの個人情報を扱う場面も多いですし、「AIが判断した」という理由で支援の方針を決めるわけにはいきません。あくまで人が判断し、AIはサポートに徹するという設計が大事です。

AIの倫理的な活用について詳しく知りたい方は、「AIの安全性と倫理:エンジニアが知っておくべき基礎知識」も参考にしてください。

セキュリティと教育

非テック企業でありがちなのが「セキュリティ意識の低さ」です。共有パスワード、USBメモリの野放し、フリーWi-Fiでの業務——。これらを一つずつ潰していくのも僕の仕事です。

技術的な対策だけではなく、スタッフ向けのセキュリティ研修も自分で設計して実施しています。ここで活きるのが、前職で550名のエンジニアと面談してきた経験です。技術を知らない人にわかる言葉で説明する力は、どんな高度な技術スキルよりも非テック企業では価値があります。

福祉事業の立ち上げコンサルティング

実は所属する会社では、全国の脱サラ希望者や企業向けに福祉事業(就労支援など)の立ち上げコンサルティングも展開しています。その中で、IT基盤の設計やシステム選定のアドバイスも僕が担当しています。

「福祉事業を始めたいけど、システム周りが全然わからない」という相談をよく受けます。ここでもCTOとしての知見がダイレクトに活きています。

非テック企業でエンジニアが活躍するための4つのコツ

非テック企業でエンジニアが価値を発揮するには、テック企業とは違うスキルセットが求められます。僕が実感しているコツを4つ共有します。

1. 翻訳力を磨く

一番大事なのはこれです。技術の話を、非エンジニアの言葉に翻訳する力です。

「APIで連携します」では伝わりません。「今まで手で入力していたデータが、ボタン一つで自動的に反映されるようになります」と言えば伝わります。

僕は550名の非エンジニアと面談してきた中で、この翻訳力が自然と鍛えられました。エンジニアの技術力を企業に説明する仕事だったので、「この人が何をできるのか」を非技術者にわかる言葉で伝える訓練を毎日していたようなものです。

2. 小さく始める

「全社DX」みたいな大きな話から始めると、ほぼ確実に失敗します。

まずは1つの小さな課題を解決しましょう。たとえば「エクセルで管理している出勤簿を、Googleフォームに置き換える」くらいの粒度で十分です。それが成功すると、「次はこれもお願い」と声がかかるようになります。

信頼は小さな成功の積み重ねでしか築けません。

3. 数字で語る

「このシステムを入れると便利になります」だけでは、経営層は動きません。

「月に40時間かかっている請求業務が、システム導入で10時間に短縮できます。年間で360時間、人件費換算で約○○万円のコスト削減です」——こう言えば、予算が通ります。

非テック企業の経営層は技術の良し悪しはわからなくても、数字は読めます。だから数字で語ることが武器になるのです。

4. 現場に足を運ぶ

フルリモートで働いている僕ですが、定期的に現場を訪れることは意識しています。画面越しではわからない課題が、現場には転がっています。

スタッフが入力に手間取っている画面、誰も使っていない機能、「なんとなくこうしている」という非効率な運用——。これらは現場を見ないと気づけません。

「異世界転生」キャリアのすすめ

僕はこのキャリアを「異世界転生」と呼んでいます。

ITの知識とスキルを持ったまま、まったく違う業界に飛び込む。そこでは自分の技術力が「チート能力」になります。テック企業では当たり前のことが、非テック企業では革命になるのです。

SES時代、僕は「技術力を磨いて、テック企業でキャリアアップする」ことだけがエンジニアの正解だと思っていました。でも人材開発の仕事を通じて、世の中には技術者を必要としているのに出会えていない企業が山ほどあることを知りました。

DX人材の市場規模は2026年に255億ドル(約3.8兆円)に達すると予測されています。中小企業や非テック企業がAI、IoT、クラウドを活用した業務改善のためにDX人材を積極的に募集するケースは年々増えています。

エンジニアの未来について、もっと広い視点で考えたい方は「2026年のエンジニアの未来:AIと共存するキャリア戦略」も読んでみてください。

「異世界転生」に必要なのは、超絶的な技術力ではありません。必要なのは「非エンジニアと対話できる力」「小さく始めて成果を積む忍耐力」「技術を事業に変換する視点」——この3つです。そしてこれらは、テック企業の中だけでは身につきにくいスキルです。

テック企業だけに閉じこもる最悪の未来

もしあなたが「テック企業でしかエンジニアは活躍できない」と思い込んでいるなら、少し考えてみてください。

テック企業のエンジニアポジションは年々競争が激しくなっています。生成AIの登場で、コードを書く速度は劇的に上がりました。つまり、純粋なコーディングスキルだけでの差別化は難しくなる一方です。

一方で、非テック企業にはITの知見を持った人材が圧倒的に足りていません。福祉、医療、農業、製造業、小売——。これらの業界で「技術がわかって、かつビジネスサイドと対話できる人」は、引く手あまたです。

テック企業の中で他のエンジニアと限られたポジションを争い続けるのか。それとも、まだ誰もいないフィールドで「第一人者」になるのか。どちらが希少価値が高いかは、明白だと思います。

ちなみに僕はAIエージェントを自作して業務の自動化も進めています。テック企業でなくても、最先端の技術を扱う機会はいくらでもあります。興味がある方は「Mac mini M4で構築するAIエージェント環境」を覗いてみてください。

この記事を書いている理由

前職の人材開発マネージャー時代、僕は550名のエンジニアと一人ひとり面談しました。

その中で気づいたのは、多くのエンジニアが「自分のスキルの活かし方」を狭く考えすぎているということでした。

「Javaの経験が3年あるから、次もJavaの現場に行く」「Webフロントをやっていたから、次もフロントの仕事を探す」——もちろんそれも立派なキャリアです。でも、その技術力を全然違う業界に持ち込んだらどうなるか、考えたことはありますか。

僕自身、SESからフリーランスを経て、福祉事業のCTOになるなんて想像もしていませんでした。でも今、間違いなく言えるのは、これまでのキャリアの中で一番やりがいがあるということです。

自分の書いたコードが、障害を持つ方の就労を支えるシステムの一部になる。現場のスタッフが「仕事がラクになった」と笑ってくれる。そういう手触り感のある成果が、毎日あります。

エンジニアの可能性は、テック企業の中だけに閉じていません。あなたの技術力が一番輝く場所は、もしかしたら今いる場所とは全然違う「異世界」かもしれません。

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